真言宗豊山派の季刊誌「光明」第216号より、『 やさしい人、やさしくない人 』のお話しをご紹介します。

やさしさ

 弱肉強食の動物の世界で人間が生き残れたのは、助けあったからだと言われています。いわば、助けあいの心は、人間にとって種の保存のための本能だったのかもしれません。
 しかし、その本能が日常生活の中で発揮されることはあまりありません。周囲を見れば、他人にやさしくない人が・・・残念ながら多いことからも明らかです。

 心おだやかに生きることを目標としている仏教は、相手と自分の共通項に気づくことからやさしさが生まれると分析しています。例えば、知らない者通し がバス待ちで交わす「バスなかなか来ませんね」だったり、エレベーターでたまたま乗り合わせた者通しが交わす「すっかり涼しくなりましたね」などの話題が共通項です。
 こうした共通項を意識することで、相手との心の距離が近くなり、やさしさが発生します。「あなたもそうですか、私もです」といった具合です。
共通項は私たちの周りに佃煮にできるくらいあります。どんな人でも誰かの子どもですし、今日という日を生きているのも一緒。多小なり悩みを抱えているのも共通しているでしょう。
 そうした共通項に気づく感性も仏教が説く知恵の一つです。
ですから、やさしくなりたい、仲間になりたいなら共通項に気づく練習をするか、共通項を作る努力をすればいいのです。同好会に入るのも、一緒に旅行に行き食事を共にするのも、共通項を作って仲良くなる(仲良しのままでいる)ために、とても大切なことなのです。

 見方を変えれば、やさしくない人は共通項に気づいていないか、気づけない人です。「あなたはあなた、私は私」と割りきれば、やさしは発生しません。
 いかがでしょう? ”あの人” があなたにやさしくないのは、そんな理由からなのです。