二つ児参り

北山漆薬師如来祭礼 二つ児参り

平成30年の北山漆薬師如来祭礼 二つ児参りは9月7日(金)・8日(土)・9日(日)の三日間、開催されました。

創建1200年

「北山漆薬師」は、弘仁年間(810~824)に会津の疫病平癒のために創建されたとされています。中央に現在の湯川村勝常に勝常薬師、その東西南北の四方に薬師仏が安置され、世に名高く会津五薬師と呼ばれています。その北方の薬師が北山漆薬師です。創建当時は「北山薬師」と称されていましたが、時の流れの中、後にできた他のそれと区別化するために、地名である「漆」の一字を加え「北山漆薬師」と称しました。まさに唯一無二の存在です。

400年の歴史~二つ児参りの始まり

『二つ児参りの起源として伝えられる伝承は、近世の曙である慶長(1596〜1615)の半ば会津の領主として地域の開発に余念のなかった蒲生二世の秀行が、檜原金山視察の途中当時の薬師別当であった漆(現在の北山地区)の松音寺に一泊、たまたま漆に伝わる薬師堂前の子育ての霊石の噂を耳にし、蒲柳の質(ほりゅうのしつ=体質が弱い事)を自覚し、加えて当時二才の一粒種の亀千代丸も虚弱この上なかった事から、帰城後早速奥方と亀千代丸当人を遣わしてその霊石に身を触れさせ、薬師にその健やかな成長を祈願させたところにはじまるとされ、この時亀千代丸は霊験あらたかで帰りには険しい坂道を自分で歩んで山を下ったとさえいわれている。』
【北塩原村発行 「裏磐梯北塩原の民族」より】

最強のパワースポットと最大のパワータイム

「なぜそこに作られたのか」この点を考えてみましょう。現代の言葉でわかりやすく言うならば、その地が最強のパワースポットだからなのです。各地にパワースポットと呼ばれる場所がありますが、この北山漆薬師の境内地をどこと比べても、勝るとも劣らない場所なのです。そこに足を踏み入れてみれば、皆がそれを体感できるでしょう。

そしてもう一つ大切な事があります。それは、ここに来る日にちです。400年続いている北山漆薬師如来の祭礼の9月の7日・8日・9日の3日間が『最大のパワータイム』なのです。『最強のパワースポット』で『最大のパワータイム』に祈りをささげる。何かと忙しい現代社会の中で、かわいい我が子や孫の無事成長を祈るため、またご自身やご家族の健康安全を祈るために、様々な調整・お骨折りを頂いて、お参りされているのです。
(この3日間は早朝5:30よりお堂を開けております。)

大石【腹打ち石】〜亀千代丸の霊石

創建以来あるとされている『霊石』は現在もそのままここにあります。最近できたものではありません。
お堂正面の石段の途中にございますので、ぜひとも触れてみて下さい。霊験あらたかにご利益を頂戴できるのではないでしょうか。
そのほか、縁結び信仰の『縁結びの楓』や安産信仰の『姥神』、珍しい『六観音』、新しくできた遊歩道など様々です。